ZENガーデン-Z

還暦の変人雑記帳

寝しなに読む藤沢周平

藤沢周平の『三屋清左衛門 殘日録』


清左衛門が藩の用人の職を退いて隠居となって1年2ヶ月。開放感よりも世間と隔絶した空白感の中、それを埋めんが如く『殘日録』という日記を書き始める。  この『殘日録』とは、「日残リテ昏ルルニ末ダ遠シ」という意味で、残る日を数えようとというわけではない、と息子の嫁に隠居部屋で説明する清左衛門。

『三屋清左衛門 殘日録』の最初に納められている作品は人情の機微が描かれている。時代小説のいいところは現代社会の憂さをしばし読んでる間は忘れられることだ。『醜女』の最後の部分の文章の隠居した清左衛門の心の機微を表す描写がシンプルで美しい。

〈 二人は山根の屋敷から、真昼の道に出た。上士屋敷が並ぶ街は、物音も聞こえず、道に人の姿も見えず、森閑として春の日差しが照っているだけだった。どこからか花の香が漂ってくる道を、二人はしばらく無言で歩いた。 「これで終わったかな」  清左衛門がポツリと言った。清左衛門は一人の女がようやく理不尽な束縛を出して、どうにか人並みの幸せをつかんだらしいことを祝福したつもりだったが、佐伯は佐伯で別のことを考えていたようである。

勢いよく言った。
「終わった。山根どのといえども、邪に我意を通す事は許せぬ」  隠居と働き盛りの町奉行とは、感想にも差が出たなと清左衛門は思った。 〉

藤沢周平『三屋清左衛門 殘日録』より