「ハイエクを読む」2 『集産主義』について

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 ハイエクが、日本が戦争に負けた頃出した『隷属への道』は、共産主義国家や社会主義国家が『全体主義化』する必然的メカニズムを解いたもので、これがレーガンやサッチャーのような『反・共産主義者』『反全体主義者』のバイブルになった理由でもある。

 欧米、特に英米、そしてさらに米国で、この『隷属への道』は支持され、読まれた。

「市場の自生的秩序』『法の支配』などの考え方もさることながら、個人の自由を重んじ『社会主義』や『共産主義』のような全体主義を嫌う米国人気質に合ったのだろう。

 

 ハイエクは、『隷属への道』で、『社会主義』や『共産主義』ともに、『集産主義』と評している。

 『集産主義』とは、政府が民間からお金を集めて分配するシステムのことである。

 そして、『集産主義』は『全体主義化』する……

 その理由は、分配権を持つことが政府に不要な権力を持たせたり、縁故資本主義的な企業幹部との癒着により、市場に対する不正な操作を許してしまう、といったことが挙げられる。(つまり市場の自生的秩序を政府権力が作為的な政策で歪め、国民が依存体質になる、というような感じ…そういう意味で、過剰な税制は双方にとって危険な麻薬のようなものだと言えそう)

 

(現在の日本は、所得の半分近くを社会保障費含めた税金に強制徴収され(その代わりに不均一な福祉をあてがわれ)国民の選択の自由が狭められ、自主独立の精神もスポイルされた状態にあるので、ハイエクの言う『集産主義』である、と言えるだろう、と私はひそかに認識しているのですが…)

 

 保守主義者の重要な使命は、『社会の全体主義化』を阻止する、ということである。

 アメリカで『保守主義』(コンサバティズム)と言うと、建国の精神(ナショナリズム)と同時にこうした『反全体主義』の精神が貫かれている。それは、『個』の自立・尊厳・主体性を重んじるということであり、皆保険制度・国営年金制度はそうした精神に反するがゆえにアメリカにはない)

 日本のいわゆる保守派は、こうした『反全体主義』の精神は希薄な人が多かったりする。(先の戦争を肯定する保守がいることがその証かと。中国などが捏造し、左翼と共有している『自虐史観』に対する反動だと思うが…そしてコミンテルンの謀略などもあるにはあったが……、根本原因は、当時の日本の知識人や指導層が「資本主義はもうだめだ。計画経済や統制経済で行こう」と国家の舵を強引に歪めて全体主義化していったことが大きいと自分は最近思っている。(だから近衛文麿は、ブレインの尾崎秀実(ソ連工作員)と同調して日中戦争を泥沼化したり、軍部は革新思想に走ったりした…)

 そういう、反自由主義体制への暴走という過ちを正しく認識しようとしない保守が多い。不毛な戦争に走り、それをやめられなくなった歪んだ国家体制は、集産主義体制(国家社会主義)を取った結果のものであり、それについて俎上に載せることをしないのは、国家や民族の存続を重んじる保守としてどうか、と言う疑問)

 

 話がややこしくなるかもしれないが、米国の『リベラル』と言われる人たち(民主党。ハリウッドや大学教授などにも多い)は、左翼であり、社会主義的傾向が強い。

 米国では保守派=自由主義者である。(なので、共和党の中でも穏健保守派(民主党寄り)ではなく、自由主義寄りのトランプ政権は、大幅減税を行い、民間の所得を増やし、大胆な規制撤廃をし、市場を活性化して GDP(国民総生産率)を上げることができた。自由主義思想としての『コンサバティズム(保守主義)』を重んじることが、日本にとっても活路を開くのではないか?

 

 日本では、新自由主義とかリバタリアン(市場原理推奨者)は石を投げられる傾向がある。これは、新自由主義やリバタリアンについて正しい理解よりも意図した異なる理解が広まってるせいだと言う気がする。 (中野剛志氏の本など立ち読みすると、国家主義、全体主義的思想がチラチラ見える)

 

 安倍政権は、経済回復を謳ったが、やってることは、本当の構造改革ではなく、市場の自生的秩序を阻害し、妨害するような政策が多い。(従ってまともな経済成長からは遠ざかる) 全体として『さらなる社会主義化促進内閣』といった感じだ。(ゆえに全体主義化の危険性を孕む。→ これを左翼が察知し、はちゃめちゃな安倍叩きを繰り広げている → しかし保守は、左翼や野党への反発から安倍政権を支持?…と言う複雑骨折、混乱状態)

 この複雑骨折状態は、大東亜戦争を否定すべき保守が、否定せず、あの戦争をもたらした元凶のイデオロギーの継承者の左派が否定している、という奇妙というか異様な風景と相似しているように思える。

 

 というわけで、軸足を保守から自由主義に移して、自由主義経済について勉強し始めている最近の私だった。

 

 続く