春と修羅(資本主義と社会主義についての考察と『失われた30年』の解明に向けて)

朝の送迎業務で、体育館の庭先に桜が咲いていた。

 

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現在の日本社会の閉塞感、この20、30年ほどの「上がらない収入、膨らむ納税額」みたいな現象がなぜ続いているのか考察してみる。

 

流行りの知識人の先生方は、その原因を「市場原理主義の暴走、新自由主義の弊害・・・・」などと言う。

 

これは、「軍部の暴走があの戦争を招いた」と言う嘘とよく似ている。(真相隠しの嘘)

 

経済の停滞、社会の停滞を招いているのは、昨今の政府の政策の「個人の自由(選択)への規制強化」「市場への政府の介入過多」つまり市場経済の自生的展開を阻害する「大きな政府化」である。つまり、戦前、戦時中と同じ『社会主義思想の蔓延』こそが真因である。

 

安倍政権が経済成長を実現できない理由も、周囲の怪しいブレインに操られているかのような狡猾な社会主義的な政策をやっているから市場の活性化を阻害している、ということが大きいように思う。安倍政権はおかしな方向に誘導されている。

 

それは、マルクス主義経済学というインチキ経済学ではなく、普通の経済学の理論(保守主義的経済学)から見れば明らかだと思う。(追々、証明していきたいと思う)

 

なのに、現在の経済的閉塞感の原因を「市場原理主義ガー」「新自由主義ガー」と言っている人たちは、あの戦争が(社会主義信奉者、共産主義信奉者が起こしたようなものであるあの戦争を)軍国主義ガー、右翼ガーと言って責任転嫁を図る姿によく似ている。(三橋貴明、中野剛志や藤井聡、佐伯啓思など…彼らが保守に属するなど信じ難い。思想本籍は正真正銘の左翼だ)見当違いだ。

 

左翼というのは、自分たちが引き起こした災いを、自分が敵視しているものになすりつける名人でもある(頭がいいのだろうが、頭の良さをそういう方向に使うことに手慣れている)

(そもそも、彼らが元凶として槍玉に挙げている「市場原理主義」「新自由主義」というものが何を指しているのか全く不明瞭だ。そして彼らの思想根底にはマルクス主義が横たわっているのが垣間見える)

 

私有財産、市場経済の自律性と自由を阻害しないことが政府の本来の分である。

社会主義思想と社会主義的政策は、麻薬のように国民の生活を蝕む悪しきイデオロギーである。

 

保守と称する人々の中に、資本主義経済を否定し、社会主義経済を志向する人々がいる。彼らは保守とは言えない。なぜなら保守とは、全体主義と戦う哲学でもあるからだ。

 

戦争によって全体主義がもたらされたかのような宣伝は嘘である。社会主義化を正義だと思い込んだ一群の指導層が、全体主義をもたらし、あの戦争に国民を引きずり込んだ。

 

保守を偽装する社会主義者の言論には注意すべきだ。

 

社会主義思想の蔓延による全体主義化は戦争に向かわせる。逆侵略も戦争である。

左翼の反戦平和主義がもたらすものが、逆侵略という戦争であるように。

 

こうしてみると、保守主義者がほとんど不在の日本の保守とは、左翼と似た者同士に見える。

中国共産党という、独裁・全体主義国家の侵略を阻止する現実的力(政府に国防強化を要請する言論能力)を保守は持っていない。左派イデオロギーを解体する言論能力を持たないように。

 

日本の伝統は日本人共通の資産である。左翼イデオロギーに感染している保守は、役割放棄しているに等しい。

 

市場経済の活性化なくして『強い国防』もない。

 

創造の資本主義・破壊の社会主義

  • 2012.04.28 Saturday
  • 12:54

 

 

人類は長い社会主義の苦しみの歴史の中で資本主義を見出し資本主義は繁栄と平和をもたらしてきた。 しかし資本主義はいまだに社会主義からの執拗な攻撃に晒されている。 資本主義は創造であ、社会主義は破壊である。 資本主義は知恵であ、社会主義は愚鈍である

 

 

 

 

 

社会主義は衰退・分裂・敵対・破壊の思想であり、資本主義は繁栄・統合・融和・創造の思想である。 資本主義の歴史はまだ短い。 資本主義の伝播はまだ限られている。 先進国では早くも資本主義が悪者扱いされ、アジア、アフリカ、南米などでは資本主義がまだ陽の目を見ていない国々が沢山ある。 資本主義の認知度はまだ低い。 資本主義はまだ未発達である。 例えて言えば、資本主義というのは将来性のある少年である。 しかしその周りには社会主義という悪い習慣をみにつけた大人が取り巻いている。 ふしだらな大人は年端もいかぬ真面目な少年に酒を飲ませて堕落させようとしている。 少年は少しずつ道を踏み外しつつある。 そういう感じである。

 

資本主義ままだまだ脆弱である。 資本主義の歩む道は険しい。

 

Conservative Blog Japan

保守主義提唱者の随想 @CBJapan1
 
 

 

 

 

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個人が、真に責任と自由を持って生きるには、保守主義的な「小さな政府」が必要であることを痛感する。

が、日本の現実は、全く逆方向に疾走している。

 


大きな政府とは「公務員の数」ではない。 経済活動への政府の介在である。 それは規制と法律による企業活動の妨害である。 企業とは人々の集団である。 企業活動を妨害するということは、一人一人の人間が生きることを妨害するということである。 日本が小さな政府だ、という者は生活をしたことが無い人間であり、仕事をしたことが無い人間であり、目を開いたことが無い人間である。
 

日本の政府は「小さすぎる」のか

 

 

共和党について

 

That's a lot of "against."  So what were we for? ….. We were for lower taxes.  We were for individuals making their own health-care decisions.  We were for the freedom to reduce unemployment by not taxing investment money away from job-creating businesspeople.  We were for a constitutional vision of personal liberty.  We were for a strong America, confident in its essential values.  We were for standing up for our treasured allies….

 

我々共和党員は「何でも反対」と言われる。 

我々は何に「賛成なのか」。 我々は税金を下げること、各自が自身の医療に関する決定をすること、雇用創出者である企業家が行う投資に対する税金を無くして失業率を下げること、個人の自由に対する憲法の理念、自らの価値を信頼する強いアメリカ、大切な同盟国と共に立ち上がること これらに対して我々は賛成である。

 

ミシェル・バックマン著作「Core of Conviction」

 

 

  • 2012.01.01 Sunday
  • 15:00

 

 

日本の未来は保守主義が復活するか否かにかかっている。 人生をどう生きるか、社会をどう考えるか、国家をどうとらえるか、過去から何を学ぶか… 保守主義とはそれらを包有し形成する哲学である。 保守主義の精神によって形成される国は強く、社会は健全である。

 

 

しかし悲しいことに、西ヨーロッパも同様であるが、保護主義や懐古趣味が保守主義と同義語としてまかり通る我が国では健全なる保守の精神は瀕死の危機にある。 もしくは既に死に絶えている。 従って志ある人間は個人で保守主義を育んでいかなければならない。 そのような個人がどれだけいるか。 日本の将来はそれにかかっているといっても過言ではない。

 

Conservative Blog Japan

保守主義提唱者の随想 @CBJapan1
 
より引用