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アダム・スミスの労働価値説とマルクス主義という擬似経済学

アダム・スミスの労働価値説とは?

アダムスミスの「市場経済」における労働価値説の概念とは『労働によって代価の賃金という価値が発生する』という意味である。

 

 さらに、人間が労働という営みをする自然発生的動機として、

「人間は、自分自身と家族のために利益最大化を思案しつつ経済的労働をする」→ しかし、「個人の、この経済的な自己利益追求が、社会全体の経済利益を意図せずしてもたらす

(マンドヴィルがこの真理を発見して発表したのが、1705年出版の『蜂の寓話』である)

 

つまり、〈個人が利己的な動機づけや欲動から行う経済活動が、市場経済の原理(切磋琢磨や淘汰、競争による)に揉まれることで、結果的に社会全体の繁栄、豊かさをもたらす〉という資本主義の法則をスミスは経済理論として発見した、のである。

 

アダム・スミスが心底から感嘆した『蜂の寓話』の偉大さは、「個人が自己の利益追求のための経済活動」は我利慾の行動だから一見すれば倫理道徳的に反するように見えるが、現実には、この「私悪的行為が、社会全体の経済を右肩上がりに発展させて公益に直結する」真理の発見だったからである。

 

 もし逆に、「人間は、自分自身と家族のための利益最大化の労働をする」を可能にしている市場を国家権力が破壊すれば、そのような国家は、苛烈な階級差別、人民からの無限の収奪、人民の国家への隷属と果てしない窮乏化が発生する。旧ソ連や北朝鮮が、これを証明している

 

スミスがマンドヴィル『蜂の寓話』を咀嚼して解説している箇所

 

「あらゆる個人は、自分自身の安全だけを意図し、またその生産物が最大の価値を持ちうるような仕方でこの産業を方向づけることによって、あらゆる個人は自分自身の利得だけを意図しているわけなのだが、彼は見えない手an invisible handに導かれ、自分が全然意図してもみなかった目的を促進するようになる」

「個人がこの目的を全然意図していなかったことは、社会にとって、常にこれを意図する事よりも必ずしも悪いとは言えない。彼は、自分自身の利益を追求することによって、実際に社会の利益を促進しようと意図する場合よりも、一層有効にそれを促進する場合がしばしばある」

「私(アダム・スミス)は、公共の幸福のために商売していると振りをする人々が、幸福を大いに増進させた、などとの話を聞いたことがない

 

マルクスの労働価値説

 しかし、マルクスはスミスのこうした労働価値説を捻じ曲げた。

 マルクスは、「人間は他者のために、社会のために、経済労働をすべきである」という“人間の本性”に反することを倫理・道徳と考えた。

 要はマルクスは、数千万人であろうとも数億人であろうとも、人間は国家権力の強制によって大規模な家族(=共生社会)になれるとの仮構において、「個人は他者のために最大限の経済労働をする」との反現実の真赤な嘘を真理だと宣言した

 

 資本論において、マルクスは、

「ある使用価値の、価値の大きさを規定するのは、ひとえに、社会的に必要な労働の定量、またはこの使用価値の製造に社会的に必要な労働時間にほかならない」とした。

 

「同一労働時間に製作され得る商品は、したがって、同一の価値の大きさを持っている。ある商品の価値の他の商品それぞれの価値に対する比は、ちょうどその商品の生産に必要な労働時間の、他の商品の生産に必要な労働時間に対する比に等しい」

 

つまり、

「価値としては、すべての商品は、ただ凝結せる労働時間の一定量であるにすぎない」

としたのである。

 

一般的な経済学においては(自由主義社会における経済システムにおける)、商品の価値は、市場や交換で売れた価格で決まり、それ以外では産まれない。

 

 マルクスは、『一定の労働時間=価値=価格』と定義する。そして、資本家が、その価格以上の値で取引することを『搾取』と呼ぶ。

 

 

ところで、物の価格というものは、恣意的に誰かが決めているようだが、実際は需要(その商品を欲しがる人)と、それを生産する数の希少性などの要素により決定される。ゆえに市場価格は変動しやすい。

 

つまり、共産主義社会では、市場経済理論はいらない。それゆえ国家が管理する「計画経済」や「統制経済」体制が取られる。(戦時中の配給制も統制経済である。電力、製造業を国有化し、統制経済体制を敷いた。これは、実は、戦時中だったから、ではなく、擬似共産主義体制にしたかった指導層の一群が、そのために戦争を誘導した、というのが真実のようである)

 

マルクスの、「人間は他者のために、社会のために、経済労働をすべきである」という高邁な理想主義が、単なる欺瞞であることは、マルクス主義が『階級闘争』という常に『敵』を作り出し、敵を倒すという行動原理を本性にしていることから明らかである。

これは左翼の本性でもある。中国共産党が、自らが侵略国であることを棚に上げて、日本を侵略国として自国民を洗脳し、国際社会に流布するのも、中国共産党が、市場経済を導入していながら、マルクス主義を国家のドグマ(教義)とするカルトだからである。

 

参照

ameblo.jp