ZENガーデン

ROCKと武士道とマックス・リヒター

当面、日本は破綻しない、だろうけど…

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『オペレーションZ~日本破滅、待ったなし』をWOWOWで、一話無料だったのを録画しといて観た。

 一番、面白かったのは、財政破綻したある市町村で、高齢者介護を民間で自力でやって回ってる、という話のシーン。

 これは、夕張市の財政破綻で、総合病院が失くなり、結果、住民の健康寿命が延びた、という実話あたりにネタがありそうだが……要は、高齢者福祉を現状のように9割ぐらい税金で賄うより、地域で柔軟にケアした方が、かえって雇用も増える、という市場の法則…みたいなイメージ。

 もともと、老人の世話は、国が面倒見てたわけではなく、家族や地域、隣近所で見てたわけで。今は莫大な税金でそれをやってるわけだが、現場で働いていて首をかしげることが多く……政府・行政の補助は最小限の方が、はるかに自立支援になると私は思う。

 まぁ、昔と違って、共働き、核家族化といった要素はあるけど、どこの市町村も抱えている「引きこもり」という潜在的人材資源とか、バイトしたい中高年とか、コンビニしか働き口のないフリーターとか、補う人たちもあるわけで。デイサービスなどをもっと民間で運営できるように規制を変えれば、莫大な高齢者福祉の歳出はかなり縮小できるんじゃないか?と。

今の、高齢者施設の運営は、社会主義国家並みの『国の管理』が浸透していて、自分にはそれがかえって殺伐とした感じに思える。

 

 ドラマを見てわかったことは、政府の財政破綻やデフォルトに関しては、いくつかのステップと要素が重なってそうなるようなので、『すぐにはならない』ものの、『先送りし続けている』というのは言えそうだとは思った。

 方向性を変えなくてはならないことは確かだ。その一つの指針として、福祉を国家管理に任せる、というような現行の方向性は、明らかに財政破綻の道だと思える。さらに良くないのは、それが国家を『全体主義』化させていくからだ。

 

 自分なりに、この何十年かの日本の低経済成長の原因として思うのは、田中角栄以降、急速に『社会主義化』を促進する方向に来たためのように感じる。

政府の社会主義的政策の乱発(そして左派知識人はそれを推奨し、国民も中毒的にそうした補助に依存し)結果、市場経済の活性化が低迷する方向に行った?というような仮説で少し考えてみたい。

 

-----やはり、解決策の大局的な方向性は、陰謀論者や社会主義者たちに貶められている〈自由主義〉について思考することかもしれない。

 

以下、今日読んで面白かったブログ記事から部分引用。

Conservative Blog Japan

保守主義提唱者の随想 @CBJapan1

西洋であろうが東洋であろうが、個人が自分で責任を持って自立して生きるという考え方は市民社会の基礎である。 歴史的文化的要因を解説する知識は無いが、日本では昔からその考え方、態度、文化は民衆レベルに広く浸透していた。 だから江戸時代から明治時代に至るわずか数十年でちょんまげの国から大艦隊の国へとのし上がれたのである。 その時代は国民皆保険だの皆年金だの失業保険だのといった制度は無かったし必要も無かったのである。

 

個人主義というかどうかは別として、個人が政府からあれこれ指図されずに自由に生きるということは、同時に責任を持つということに他ならない。 人は動物と違って一匹では生きられないから家族がある。 人が困れば家族が面倒を見る。 お互いに助け合う。 家族も近所も助け合う。 政府が全然関係ない人達から税金を取り立てて「財源確保」する必要などない。 個人を育むのは自分自身であり、家族であり、そして地域社会である。 個人は自分に責任を持ち、そして家族、地域社会も責任を共有する。

 

日本の保守は未だに左翼と右翼の抗争という図式の中に生きている。 左翼を国際主義的全体主義者とするならば、右翼は国粋的全体主義である。 両者は違うカラーを出しながら同じ思想、根っこを共有している。 どちらの方がましか、という問いはスターリンとヒトラー、毛沢東と蒋介石、どちらがましかを選ぶようなもので不毛である。 いずれの側も間違いである。 というよりも、いずれの側も全体主義であり、自由主義によって淘汰されるべきものである。

 

 

conservative.jugem.jp