介護職員の悲劇

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介護職関係をやっていて、憤りを感じることがある。
・・・最近は、諦めてるので、気にしないようにしているが、何か「流せない問題」に感じるので書いておく。

それは、「どんな利用者さんも心優しい善人」という前提で接しろ、と強要する管理者がいることだ。実際に、そういうクソのような国が押し付ける理想論を職員に押し付けるバカな管理者は少ないが、(しかし、たまにいる)国の指導方針の高齢者像の前提はそういう空論である。(官僚は本当に偽善者だと思う)

どういうことか、もう少し説明してみる。

最近、かなり「わがまま」で「自己中心的な」利用者さんが新しく利用しだした。その言動や性格を観察して「あー、自分本位な人だな」と認識した。実際に、そのわがままやこだわりのために、送迎が通常より25分ぐらい遅れ、他の利用者さんに迷惑をかけた。そのため、翌日、他の職員と対処を話し合った時・・・「は?」と思ったのは、利用者さんの自分本位な言動を、「性格」ではなく、「認知症のせいでなんたらかんたら」と言い出したことだ。「わがままな性格じゃなくて、高次認知機能障害のなんたらで、手順通りにしないと怒る」と言うのだ・・・・普通に考えて、「周囲のことより自分を常に優先させ周りを考えない」元の性格が、認知症でさらにひどくなった、と言うだけの話でしょ、と内心思いつつも、ここで波風立てても無駄だと経験的に承知しているので、「ああ、そうなんだ」と適当に合図打ち。

 別の事業所のある管理者が、したり顔で「認知症の人は同じことを何度も聞くけど、本人はその度に初めて聞いてるつもりだから、それに合わせて演技しなさい」と。いや、こいつ、間違った対処法を職員に指導してるだろ、といつも感じてムカムカしていた。5分おきに同じことを聞く利用者さんに「常に初めて聞いたかのような対応をしろ」と言うのである。いや、じゃ、ロボット雇えよ、と言う感じだ。

決して、「人間対人間」として向き合うことは推奨されない。この管理者の指導は、ファーストフードで客と対応するマニュアルであり、介護という相手の性格の深部まで察知して、どうにか良質なケアを提供するための関係性が作れる職務における「接し方」ではない。

その管理者の職員指導はいつも、「利用者は神様」で「職員はロボットか奴隷」と考えているようだった。「差別するな」と言うこの管理者 Nがまず、職員を著しく差別していることすら気づいていない。このNが自己啓発書をよく読んでいると言うのが何とも滑稽な話だ。

いついかなる時でも、「職員は利用者に怒ってはならず、文句も言うな」と。(まぁ、それはどこの施設もそうだが。施設管理者は、ちょっとした言動が家族に「虐待」扱いされないか神経を尖らせているのだ)

人間には、心優しい人もいれば、邪悪な奴もいる。なのに、一律、平均な対応をしろ、と強制するほうがおかしい。

 自分本位でわがままな『地』の性格の人が周囲の迷惑や職員の負担を最小限にするために、「性格が悪い」と言う事実をしっかり認識して対応を考えるのが、科学的で合理的だと思うが。

 小難しい、学術的な詭弁で、偽善的に取り繕っても現場の重荷は増すだけだ。