海へ・・・羽島紀行

仕事を一時に終え、海に行った

 昨日、夕方より接遇研修があった。そして今日も夕方から研修である。『リハビリ業務における多職種連携』と『福祉車両の送迎業務』に関する心得。といった内容である。そのあと通所リハのミーティング。半日仕事だが、福祉送迎は何かと気を使う。

 

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羽島の海


 

「海を見に行こう!」と思ったのは、羽島方面の海が綺麗なので、天気もいいし、ドライブ日和だし。 たまには、ほっともっとの唐揚げ弁当食べたいな、と思ったのが動機である。

 

羽島到着、一時半。お腹空いたので、浜の岩場で海を眺めつつ潮騒の音を聞きながら食べる。

 

で、車を停めたのが、明治の歌人、万造寺斎の生家跡の門前であったのだが・・・

 

はじめて知った羽島出身の歌人

万造寺 斎(マンゾウジ ヒトシ)は、与謝野鉄幹に師事し石川啄木、高村光太郎、北原白秋、森鴎外らと親交のあった人らしい。

 

『ふるさとの浜の砂原 小石原 生きてふたたび踏まむ日なきか』

『ふるさとや 海のひびきも遠き世の こだまの如し 若き日思へば』

 

と望郷の歌が多い。シンプルというか率直なうただが・・・響がいい。やはり言葉のプロだ。

 

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万造寺斎の生家跡の檳榔の樹

 

五代友厚を含む一行十九名が、英国へ出発した港も・・・

万造寺 斎の生家跡のすぐ先には薩摩藩英国留学生記念館がある。この羽島から、若き薩摩藩士19名が1865年4月、英国に留学・視察密航したのであった。

 

地味にすごいぞ、羽島。

 

薩摩藩英国留学生記念館から羽島の漁港を過ぎて、羽島崎神社に行く。

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羽島崎神社

不思議の国のゴンザ 

 この羽島神社の山道奥には、『江戸時代ロシアに漂着し、露和辞典を作ったとされる薩摩の青年「ゴンザ」の御霊を祀る「ゴンザ神社」というのが祀ってある祠がある。

 ゴンザという人は、『1728年、11歳のときに薩摩から大阪に向かう途中、嵐に遭ってロシアのカムチャツカ半島に漂着。その後、コザックに仲間を殺されたりしながらも波乱の末、ロシアに定住して世界初の露和辞典などを編さんしたとされる人』

その日本語がすべて薩摩の言葉だったことや、地元の研究者たちが行った方言の調査などからゴンザはいちき串木野羽島の出身だった可能性が高いとされているらしい。

 

ということで、この羽島という場所、九州南端の田舎の漁村なのにやけに国際的な場所だったり、「言葉」と関係してたりする。なんかあるんだろうか。

 

 羽島崎神社の祭神は、

  • 大己貴命(オオナムチノミコト)と
  • 少彦名命(スクナヒコナノミコト)

オオナムチノミコトはスサノオ系らしい。(またもスサノオ・・・)

 

しばらく岩場を歩いたり、海を眺めたりして車の中で昼寝したり昨今のテーマを考察し、ノートを書く。

 

帰り際、一服して帰ろうと、車外に出ると、目つきの鋭い(というか危ない目の)妙な出で立ちのおばさんが、色々尋問してきた。不審者と思っている様子だが・・・内心、「いや、おばさん、あんたの方が恐いんだが・・・」と思いつつも普通に受け答えしてなんとか解放してもらう。

「車内書斎化もなかなか難しいな〜」と新たな課題を胸に羽島を後にする私であった。(研修10分遅れ・・・)