ZENガーデン

〈あたりまえ〉に生きるために

『七人の侍』を観る

録画してた『七人の侍』を見終わった。世界の黒澤、といわれるだけのエンタメ作品。

菊千代役の三船敏郎のマンガのようなぶっ飛んだ演技にはたまげたし、侍のリーダー役の志村喬の貫禄や渋さもモーガン・フリーマン以上。

それとモノクロだが、絵画のように美しい作り込んだシーンがあったり・・・会話がよく聞き取れない、という以外はさほど古めかしさは感じなかった。

見終えて、一つ思ったのは『死生観』の違い。

侍というのは、いつ何時命を落とすかわからない。しかしそれは、命を軽んじているということではなく、いつ死んでもいいように後悔のない今を生きる、という感じなのだなぁ、と。

そういう意味では武士の生き方は禅なんかと通じるものがあると思った。

 

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七人の侍

 

軍鶏(しゃも)橋本以蔵原作・たなか亜希夫画

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『軍鶏(しゃも)』橋本以蔵原作・たなか亜希夫画

 

 

 よくよく考えると、現代生活というのは、「人間はいつか死ぬ」という現実と、いかに向き合わずに生活するか・・・忌むべきものとして「考えない」というか、そういう前提で生きている気がする。

死という制約があるから、今をいかに生きるか、真剣に考えるのではないか?

 

「生命の完全発揮」という観点から観るなら、全国民の老後を手厚く保護する現代生活より、命がけで生きねばならなかった中世の時代の方が、潜在能力を発揮できたのかもしれない。(短命が多いというデメリットはあっただろうけど)

もちろん、中世の頃の方がいいという話ではない。

しかし、介護施設で働いた数年の経験から、今の日本の介護環境は「命の尊厳」など口先だけだな、というのが本音で・・・・

〈あたりまえに生き、あたりまえに死ぬ〉ことが難しい時代に生きている、と思わざる得ない。