ストレス指数100・・・親との共同生活の苦痛

いきなりストレスがMaxになった。
原因は『家族生活』、つまり『共同生活』である。
具体的には、この1ヶ月ほど、父親の要望で毎日、夕方6時に夕食を父母と三人で食べている。夕食作りもほぼ毎日やっている。(料理をすること自体は全く苦ではない)
 
毎日、家族が顔を合わせて食事をする、という『家族の儀式』は、時代的には「ほぼ、廃れた」と言っていいだろう。
介護職をやってた時は、夜勤があったり、遅番があったりで「夕食を共にしない」ことは当たり前であった。私にとっては、録画したテレビをチェックしながら食事をすることは「寛ぎ」のひと時であった。夕食を共にするようになって夜の一人飯の寛ぎのひと時は失われ、録画したテレビ番組の鑑賞も全くしなくなった。
 
父親が、家族で夕食を一緒にすることを要請したのは、認知症の母親への配慮であった。これは同意せざる得ない・・・
しかし、私が父親と食事するのを避けていたのは、理由があった。
それは、父が食事の時にくちゃくちゃと音を立てて食べるからである。
これは結構なストレスである。加えて、夕刻6時に合わせて食事することの大変さ。空腹であろうとなかろうと、その時間に食事をしなくてはならない。入浴も食事前に済ませたいが、ままならない。
 
そんなこんなのストレスが、今日いきなりMaxになった。苛立ちや怒りの感情が当然湧き上がり、自分でも面食らってしまった。
食事をそそくさと済ませ、自分の部屋に戻る。しかし何も手につかない。手につく気分じゃない・・・
 
そういえば、このところ首や肩のコリというか強張りが酷い。送迎の車の運転もそれなりに神経を使うので、そのせいかな、と思っていたが、どうも柄にもなく『家族の団欒』に無理して調子合わせていることが無意識の中で臨界点に近づいていたらしい・・・というのを自覚した。
 
「ストレスの発散をせねば・・・」そう思った。取り敢えず筋トレとか体を動かすようなこともいいかもしれない。しかし、食後すぐに運動は流石にしたくない。
だが、今のこのストレスを収めるには・・・そうだ、温泉行こう・・・と、近くの温泉センターに行ってみた。
取り敢えず、軽減はしたが、感情は治らない。で、リンキン・パークなどのハード・ロックを聴きながら文章を書いてみた。こういう時は、「自分の世界にこもる」に限る。文章を書くことは、「自分の世界に引きこもる」手立てでもある。
 
 
 

f:id:hamajaya_ken:20191124232839j:plain

 
 
 
怒りや苛立ちは収まったが、首や肩の筋が痛いくらい強張っている。発散されていないせいだろう。
感情を親にぶつければ解決策が見えるだろうか?よくわからないが、相手が理解できなければ、無意味だろう。88歳の父が私のストレスを理解し、共に解決のスベを考えてくれるとは思えない。
父親は当たり前のことを要請している、という意識しかない。私が普通の人と同じようなことをやっていることがどれほど苦痛や難儀を味わっているか、わかろうという気持ちはさらさらないことは承知している。
 
どうしたものか・・・・